「わたしと黒」VOL.1 山本千織

「わたしと黒」

山本千織


子供の頃、初めて黒を意識したのは台所でだった。

私は北海道の田舎の旧家で生まれた。旧家と言っても由緒正しいというわけでは無い。ただ御勝手口のある台所が居間と離れた所にあり、そこから行事があると近所のおばちゃんたちがわらわら集まってきて煮炊きをしていたのを覚えている。

台所には壁一面にはめ込みの茶箪笥があり食器が収まっていた。一年に一回しか使わない食器や、木を組み合わせた落雁の型のようなものもあった。

その茶箪笥の下に、建て付けが悪い引き戸があった。開くのに苦労するため子供心にそこは自分の領域では無いと思っていた。

ある日祖母がその引き戸の前に座り込み、半身を潜り込ませ何かやっているのを見てしまった。声をかけると昔話のように「ここには蛇が入った缶があるから見てはだめだ」と言った。

子供の私はそれを聞いてから少しでも物音がすると「蛇が暴れてる!」と思うようになり、台所に居ても、気になって気になって仕方なくなってしまった。私は意を決して祖母に頼み“蛇”を見せてもらうことにした。
引き戸を開け、体を潜り込ませ重い一斗缶の上面をこじ開けるとそこにはたっぷりの水飴が入っていた。
祖母は隠れて水飴を舐めていたのだ。暗い引き戸の中にたゆたゆと揺れる水飴の水面。
そこに覗き込んだ自分の顔が映っている。

真っ黒だ。
子供心にも自分の知っているどの黒より黒く感じたのは、少しだけ入り込む光が圧倒的な水飴の量に屈折して底なしに見せているせいかもしれない。
正解の黒では無い。
ただ何よりも黒くてねっとりした塊が台所の引き戸の中に隠されていた。

祖母は小皿に水飴を少し掬い、匙をつけて渡してくれた。盛られた水飴は小皿の地の色が透け、どこにも黒は無かった。

 

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山本千織プロフィール (料理人)

2011年に代々木上原で「chioben(チオベン)」を開業。
現在は、撮影弁当、ケータリング、雑誌や広告等幅広く活躍。
近著は『チオベンの作りおき弁当』(PHP研究所)。

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